Ⅹ-13Ⅹ|深海の蔵書

生命の設計図を読む:オートファジーが解き明かす老化・がん・感染症の真実

― 吉森保『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)』を読む ―

読了 約12分
LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 表紙
取り上げた書籍『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)』吉森保

2016年ノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏の共同研究者であり、オートファジー研究の世界的権威・吉森保(大阪大学教授)による生命科学の決定版入門書。細胞の基本から最先端の知見まで、老化・がん・感染症・免疫を貫く「生命の論理」を、圧倒的な明快さで解き明かす。

「なぜ私たちは老いるのか」「なぜがんになるのか」「なぜウイルスに感染するのか」——これらの問いに、一つの分子メカニズムが横断的に答えを与える。それがオートファジー(autophagy)だ。

本書『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)長生きせざるをえない時代の生命科学講義』(日経BP、2020年)は、2016年ノーベル生理学・医学賞受賞者・大隅良典氏の共同研究者であり、オートファジー研究の世界的権威である吉森保・大阪大学教授による生命科学の入門書だ。細胞の仕組みから最先端の医学知見まで、「生命とは何か」という根本的な問いに、科学者の誠実さで向き合った傑作である。

吉森保. LIFE SCIENCE(ライフサイエンス)長生きせざるをえない時代の生命科学講義. 日経BP, 2020. ISBN: 9784822288662.

Ⅰ|オートファジーとは何か:細胞の「自食」が生命を守る

オートファジーとは、細胞が自らの構成成分を分解・再利用する仕組みだ。ギリシャ語で「自己(auto)を食べる(phagy)」を意味するこの現象は、1990年代に大隅良典氏が酵母を用いた研究で遺伝子レベルで解明し、2016年のノーベル賞受賞につながった1

細胞内には常に「壊れたタンパク質」や「機能不全に陥ったミトコンドリア」が蓄積する。これらを放置すると細胞は老化・機能不全に陥るが、オートファジーはこれらを隔離・分解し、アミノ酸として再利用する「細胞内クリーニング」を行う。飢餓状態や感染・ストレス時に特に活性化し、細胞の恒常性維持に不可欠な役割を果たす2

吉森教授はこれを「細胞のリサイクルシステム」と表現し、その機能不全が老化・がん・神経変性疾患・感染症抵抗性の低下と深く関わることを、豊富なデータで示す。

Ⅱ|老化・がん・感染症:オートファジーが関わる三大医学課題

老化との関係:加齢に伴いオートファジー活性は低下する。これにより細胞内に異常タンパク質が蓄積し、アルツハイマー病・パーキンソン病などの神経変性疾患リスクが上昇する。カロリー制限や間欠的断食がオートファジーを活性化し、老化を遅らせる可能性があることが、複数の動物実験で示されている3

がんとの関係:オートファジーとがんの関係は二面性を持つ。初期のがん化を抑制する一方、進行がんでは腫瘍細胞が栄養不足の環境でオートファジーを利用して生存する。この「二面性」を理解することが、がん治療戦略の新しい方向性を開く4

感染症との関係:オートファジーは細菌・ウイルスを細胞内で分解する「異食(xenophagy)」という機能を持つ。結核菌・サルモネラ菌などの細胞内寄生菌に対する自然免疫の最前線として機能し、COVID-19においてもSARS-CoV-2がオートファジーを利用・回避する機序が研究されている5

Ⅲ|科学的思考とは何か:不確実な時代を生きるための知性

本書の第二の主題は「科学的思考」だ。吉森教授はコロナ禍を念頭に、「専門家でも答えを持ち合わせていない問いに、どう向き合うか」を論じる。科学は「正しい答えを提供する装置」ではなく、「不確実性の中で最善の仮説を構築し続けるプロセス」だという主張は、医療者にとって深く共鳴する。

「エビデンスがない」と「エビデンスがないことの証明」は異なる——この区別を患者に伝えることの難しさを、Dr.Painは日々感じている。本書が提示する「科学的誠実さ」の姿勢は、医療者が患者と向き合う際の根本的な態度を問い直す。

◉ 発展章|疼痛医学とオートファジー:Dr.Painの視点から

慢性疼痛の分野でも、オートファジーへの注目が高まっている。脊髄後角の神経細胞におけるオートファジー機能不全が、中枢性感作の維持に関与するという仮説が提唱されており、オートファジー活性化が慢性疼痛の新たな治療標的となる可能性が示唆されている6

また、線維筋痛症・複合性局所疼痛症候群(CRPS)などの難治性疼痛では、ミトコンドリア機能不全と酸化ストレスの蓄積が病態に関与するとされるが、これらはまさにオートファジーが処理すべき「細胞内ゴミ」だ。カロリー制限・間欠的断食・運動によるオートファジー活性化が、慢性疼痛の補完療法として有望である可能性を、本書の知見は示唆している。

「生命科学の基礎を知ることが、最先端の医療を理解する鍵になる」——吉森教授のこのメッセージは、専門分化が進む現代医療において、改めて基礎科学に立ち返ることの重要性を教えてくれる。

結び

『LIFE SCIENCE』は、生命科学の入門書でありながら、「科学とは何か」「医療の未来はどこへ向かうか」という根本的な問いに誠実に向き合った稀有な一冊だ。オートファジーという一つの分子機構を軸に、老化・がん・感染症・免疫・神経変性疾患を横断的に論じる構成は、現代医学の断片化した知識を統合する視点を与えてくれる。

Dr.Painとして特に印象的なのは、吉森教授が「科学的不確実性」に正直であることだ。「わかっていないことがある」と率直に認める姿勢は、患者に向き合う医療者が持つべき誠実さと重なる。本書を読み終えた後、細胞の中で今この瞬間も行われているオートファジーの営みに、生命の深遠な知恵を感じずにはいられない。

参考文献

  1. 1.Ohsumi Y. Historical landmarks of autophagy research. Cell Res. 2014;24(1):9-23.
  2. 2.Mizushima N, Komatsu M. Autophagy: renovation of cells and tissues. Cell. 2011;147(4):728-741.
  3. 3.Rubinsztein DC, et al. Autophagy and aging. Cell. 2011;146(5):682-695.
  4. 4.Amaravadi R, et al. Targeting Autophagy in Cancer: Recent Advances and Future Directions. Cancer Discov. 2019;9(9):1167-1181.
  5. 5.Choi Y, et al. Autophagy in human health and disease. N Engl J Med. 2013;368(7):651-662.
  6. 6.Berliocchi L, et al. Autophagy impairment in a mouse model of neuropathic pain. Mol Pain. 2011;7:83.