― 石川雅俊『病院がなくなる日』を読む ―

病院はもはや「入れ物」ではない・お金――日本の医療を支える5つの柱が「なくなる」危機を、構造的に検証する。
「20××年、日本の病院がなくなる日」。そんな衝撃的なタイトルのもと、現代日本の医療システムが抱える構造的な危機を白日の下に晒した一冊が、石川雅俊氏の『病院がなくなる日』である。本書は、地域医療構想の名の下に進む病床削減、医師や看護師の偏在と疲弊、医薬品の供給不安、そして国民皆保険制度の財政的限界という、日本の医療が直面する5つの「なくなる」危機を多角的に検証する。
病院がなくなる。医師がいなくなる。薬がなくなる。看護師がいなくなる。お金がなくなる。
著:石川雅俊|『病院がなくなる日 20××年、健康大国日本のリアル』|出版社:ダイヤモンド社|初版:2023年
本書が最初に警鐘を鳴らすのは、「病院がなくなる」という現実である。団塊の世代が後期高齢者となる2025年を見据え、国は「地域医療構想」を推進してきた。その柱の一つが、過剰とされる急性期病床の削減である。石川氏は、この政策が効率化の名の下に、地域によっては医療へのアクセスそのものを奪う危険性を鋭く指摘する。
多くの地域で構想を前倒しする形で病床削減が進み、特に地方の小規模病院では急性期病棟の閉鎖が相次ぐ1。これはⅦ-01で論じられた医療資源の再配分が、現場レベルでは「かかりつけ病院の消滅」として地域住民に影響を与えていることを意味する。
これまで車で15分で行けた病院が1時間以上かかるようになり、高齢の患者やその家族の負担は増大する。本書は、単なる病床数の増減という数字の議論に留まらず、その先にいる一人ひとりの患者の視点から、地域医療構想の「光と影」を浮き彫りにしている。
病院という「器」の危機に続き、本書が深く切り込むのが、医療を支える「人」の危機である。特に深刻なのが医師の偏在だ。都市部や特定の人気診療科に医師が集中する一方、地方や外科、産婦人科といった領域では慢性的な医師不足が続いている。
人口10万人あたりの医師数は最多の徳島県と最少の埼玉県で2倍近い差がある2。2024年4月から始まった医師の働き方改革は、医師の健康を守る上で不可欠だが、少ない人員で地域医療を支える病院には診療体制の縮小を迫る可能性がある3。「地域医療の維持」と「医師の労働環境改善」という二つの正義が、現場で激しく衝突しているのだ。
この問題は、看護師不足とも密接に連動している。医師の業務の一部を看護師が担う「タスク・シフト/シェア」が推進されているが、その受け皿となるべき看護師自身もまた、過酷な労働環境と人手不足に喘いでいるのが実情だ。
本書が指摘する第三の危機は、「薬がなくなる」という事態である。2021年頃から顕在化したジェネリック医薬品の供給不安は、今や恒常的な問題となり、医療現場に大きな混乱をもたらしている。
その背景には、①利益の出にくい薬価制度、②非効率な少量多品目生産という産業構造、③原薬の海外依存という脆弱なサプライチェーン、という3つの根本課題がある4。これらの要因が複合し、一つの欠品がドミノ倒し的に他の供給不安を誘発する負の連鎖に陥っている。
必要な薬が手に入らないことで、患者は治療の延期や変更を余儀なくされる。本書は、当たり前に享受してきた「いつでも薬が手に入る」という日常が、いかに脆い基盤の上に成り立っていたかを我々に突きつけている。
本書が最後に突きつけるのは、「お金がなくなる」という、国民皆保険制度そのものの持続可能性に対する問いである。少子高齢化の急速な進展と、高度化する医療技術は、医療費の増大を不可避なものとしている。
この課題は、Ⅶ-03で島崎謙治氏が論じる通り、世代間の負担構造と深く結びつく。医療の高度化は福音である一方、高額な治療は保険財政に重くのしかかる。このままでは、保険料引き上げや給付範囲の縮小といった、痛みを伴う改革の議論は避けられない。
この問題は、もはや単なる経済や制度設計の領域に留まらない。それは、私たち一人ひとりが「どのような医療を、どれくらいの負担で享受したいのか」という価値観の選択を迫る、極めて政治的な問いである。
『病院がなくなる日』が描く5つの危機は、独立した問題ではなく、相互に連関する巨大な構造的課題の側面である。病院の統廃合は医師の偏在を加速させ、疲弊した現場は医薬品の安定供給さえ脅かす。そして根底には、国民皆保険という社会システムの持続可能性という重い問いが横たわる。
未来を正確に予測することは誰にもできない。しかし、本書で示した課題を放置すれば、日本の医療が立ち行かなくなることは自明である。
本書は、安易な解決策を示すことはしない。むしろ、この危機を直視し、社会全体で議論を始めるための「共通の診断書」として書かれている。病院がなくなるかもしれない未来。それは、私たちが医療との関わり方、そして社会のあり方そのものを見つめ直す、新たな始まりの日でもあるのかもしれない。