生命の設計図であるゲノムを、コンピュータ上で自在に設計し、化学的に合成し、新たな生命体すら創り出す――。かつてSFの世界で描かれた未来が、今、現実のものとなりつつある。その技術の名は「
合成生物学(Synthetic Biology)」。本書『合成生物学の衝撃』は、毎日新聞社のジャーナリストである須田桃子氏が、この革命的な科学技術の最前線を丹念に取材し、その光と影を浮き彫りにしたノンフィクションである。本書は、2010年に科学界を震撼させたクレイグ・ヴェンター率いるチームによる「人工ゲノム細菌」の誕生を軸に、生命を「部品」として扱い「設計」しようとする新たな科学の潮流と、それがもたらす倫理的・社会的な課題を鋭く描き出す。
本書の中心的な問いは、極めて根源的である。それは、
「人間は、新しい生物の創造という技術を行使するだけの、責任を持てるのか」というものだ。合成生物学は、ガンや遺伝病の治療(Ⅴ棚)、新薬の開発、バイオ燃料の生産など、人類が直面する多くの課題を解決する可能性を秘めている。しかしその一方で、生態系を破壊しかねない人工生命体の野外放出や、生物兵器への転用といった深刻なリスクもはらんでいる。技術の進歩というパンドラの箱が開かれようとしている今、私たちはその強大な力をどう制御し、未来へと向かうべきなのか。本書は、その重い問いを私たち一人ひとりに突きつける。
著:須田桃子|邦題:『合成生物学の衝撃』|出版社:文藝春秋|邦訳初版:2018年
Ⅰ|ゲノムを「読む」から「書く」へ
生命科学の歴史は、2003年のヒトゲノム計画完了によって大きな転換点を迎えた。生命の設計図であるゲノムを「読む」時代から、それを自在に「書く」時代へと移行し始めたのである。この潮流の中心にいたのが、公的プロジェクトと熾烈な解読競争を繰り広げた稀代の起業家科学者、クレイグ・ヴェンターであった。ゲノム解読の次なる目標として彼が掲げたのは、「生命とは何か」という究極の問いに答えるため、生命の設計図をゼロから創り上げること、すなわち「人工生命」の創造だった。
その野心的な試みが結実したのが、2010年に発表された人工ゲノム細菌「シンシア(Mycoplasma mycoides JCVI-syn1.0)」である1。ヴェンターのチームは、マイコプラズマという細菌のゲノム情報をコンピュータ上で設計し、DNA合成装置を用いてその化学物質(塩基)を繋ぎ合わせ、約108万塩基対からなる完全な人工ゲノムを構築した。そして、この人工ゲノムを、ゲノムを抜かれた別の細菌の細胞(レシピエントセル)に移植することで、人工ゲノムに制御された自己増殖能力を持つ、全く新しい細菌を生み出すことに成功した。これは、生命がDNAというデジタル情報によって規定され、その情報を書き換えることで新たな生命を創造できることを実証した、画期的な成果であった。
しかし、この成果は「無からの生命創造」ではない。ヴェンター自身も認めるように、「シンシア」はあくまで既存の細胞という「器」を借りて初めて機能する。ソフトウェア(ゲノム)は人工だが、ハードウェア(細胞質など)は天然由来なのである。また、ゲノムの設計自体も、既存の生物のゲノムをコピーし、一部を改変したに過ぎない。とはいえ、この研究は、生命の構成要素を部品として理解し、操作しようとする合成生物学の思想を体現するものであり、遺伝子治療(Ⅴ棚)や再生医療の未来を考える上で、生命観そのものの変容を迫るインパクトを持っていたと言えるだろう。
Ⅱ|生命の「部品化」と「標準化」
ヴェンターのトップダウン的なアプローチとは対照的に、合成生物学にはもう一つの大きな潮流が存在する。それは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のトム・ナイトらによって提唱された、ボトムアップ的なアプローチである。彼らは、電子工学における標準化された部品(トランジスタやICチップ)の組み合わせで複雑な回路を設計するように、生命の機能もまた、標準化された「生物学的部品(バイオブリック)」の組み合わせで設計・構築できると考えた2。
この構想の下、特定の機能を持つ遺伝子や制御配列などが「バイオブリック」として登録され、世界中の研究者が利用できる「標準生物学パーツ登録所(Registry of Standard Biological Parts)」が設立された。そして、このバイオブリックを使い、学生たちが新しい機能を持つ微生物を設計・製作する国際コンテスト「iGEM(international Genetically Engineered Machine competition)」が毎年開催されている。光に反応して色を変える大腸菌や、病原菌を検出して知らせるセンサー酵母など、iGEMからは毎年ユニークな「生物マシン」が生まれており、合成生物学の裾野を広げる上で大きな役割を果たしている。
このアプローチは、生命を機械やコンピュータのアナロジーで捉える、ある種の還元主義に基づいている。生命現象の複雑性や文脈依存性をどこまで「部品」に還元し、設計図通りに制御できるのかという根本的な問いは残る。この視点は、意識や知性といった高次の生命現象を情報処理の観点から探求する脳科学(Ⅱ棚)とも通底するが、同時に、生命を構成要素の総和以上のものと捉える全体論的な視点(Ⅷ棚:哲学)の重要性も示唆している。バイオブリックという発想は、生命の工学的な利用可能性を大きく切り拓く一方で、私たちが生命をどう理解し、どう向き合うべきかという哲学的な問いを内包しているのである。
Ⅲ|野に放たれた「利己的な遺伝子」――遺伝子ドライブの脅威
合成生物学がもたらすインパクトの中で、近年、特に大きな注目と懸念を集めているのが「遺伝子ドライブ」という技術である。これは、2012年頃に登場した革新的なゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」を応用し、特定の遺伝子を野生の生物集団全体に、世代を超えて意図的に、かつ急速に広めることを可能にする技術だ3。
通常の遺伝法則(メンデル遺伝)では、親から子へ特定の遺伝子が伝わる確率は50%である。しかし、遺伝子ドライブの仕組みを組み込んだ遺伝子は、子孫において自身をコピー&ペーストすることで、ほぼ100%の確率で受け継がれていく。これにより、例えばマラリアを媒介する蚊の集団に、メスを不妊にする遺伝子を広めて根絶したり、外来種を駆逐したりといった、生態系レベルでの操作が理論上可能になる。この技術は、感染症対策や生物多様性の保全において切り札となる可能性が期待されている。
しかし、その影響の大きさゆえに、遺伝子ドライブは極めて深刻なリスクを伴う。一度野外に放出されれば、そのプロセスを止めることはほぼ不可能であり、生態系のバランスを不可逆的に破壊してしまう恐れがある4。食物連鎖の乱れや、予期せぬ遺伝子の水平伝播など、その影響は予測困難だ。さらに本書が警鐘を鳴らすのは、この技術が米国防高等研究計画局(DARPA)の強力な支援を受けているという事実である。DARPAは遺伝子ドライブを、生物兵器や、逆に敵対国による生物兵器から自国の農業や生態系を守るための「防衛技術」として研究開発を進めている。平時利用と軍事利用の境界が曖昧な「デュアルユース」技術の典型であり、その開発と利用には、国際的なガバナンスと倫理規範の確立が急務となっている7。
結び
須田桃子氏の『合成生物学の衝撃』は、科学の進歩がもたらす希望と、それが内包する危うさを見事に描き出した一冊である。本書は、技術的な詳細の解説に留まらず、その技術が生まれてきた背景にある科学者たちの野心や思想、そして国家間の思惑までもを浮き彫りにする。そして最終的に、その技術とどう向き合うのかという問いを、専門家だけでなく、私たち市民一人ひとりへと投げかける。
私たちは、新しい生物の創造という技術を行使するだけの、責任を持てるのか。
この本書が突きつける根源的な問いに、明確な答えを出すことは容易ではない。合成生物学は、老化(Ⅰ棚)や代謝(Ⅲ棚)、免疫(Ⅳ棚)といった生命の根源的なメカニズムの理解を深め、これまで治療が困難だった病気に光明をもたらすかもしれない。しかし、その強大な力は、ひとたび制御を失えば、取り返しのつかない結果を招く「暴走する科学」にもなりうる
5。生命を情報として捉え、書き換えるという発想は、脳科学(Ⅱ棚)やAI研究とも共鳴し、来るべき未来の人間像をも変容させていく可能性がある。
重要なのは、この技術を一部の専門家や政府の手に委ねるのではなく、社会全体で開かれた議論を継続していくことだろう。どのような研究を推進し、どのような応用を許容するのか。その利益とリスクをどう評価し、管理していくのか。本書は、そのための不可欠な共通言語と、思考の土台を提供してくれる。生命を「設計」する時代の入り口に立つ今、本書を羅針盤として、自らの倫理観を問い直し、未来への責任ある選択を考えていくことが求められている。