― 池谷裕二『記憶力を強くする』を科学史の中で読む ―

記憶の物理的実体シナプス可塑性から、記憶が書き換わる再固定化理論、そして最新のエングラム研究までを辿り、記憶の正体に迫る。
「記憶力を高めたい」という願いは、多くの人が一度は抱いたことのある普遍的な欲求であろう。しかし、そもそも記憶とは何であり、それは意志の力で「鍛える」ことが可能なのだろうか。2001年に刊行された池谷裕二氏の『記憶力を強くする』は、こうした根源的な問いに対し、脳科学の知見から力強く応答する一冊である。本書は単なる記憶術のハウツー本ではない。記憶の正体、すなわちその物理的な実体に迫る科学的探求の書であり、私たちの自己認識そのものを揺さぶる可能性を秘めている。
記憶とは、脳におけるシナプス結合の強度の変化、すなわち物理的な痕跡である。それは、経験によって絶えず書き換えられ続ける、動的なプロセスに他ならない。
著:池谷裕二|邦題:『記憶力を強くする』|出版社:講談社ブルーバックス|邦訳初版:2001年
記憶が脳のどこに、どのように保存されているのか。この問いは、長らく哲学と科学の領域を彷徨ってきた。本書がその答えとして鮮やかに提示するのが、「シナプス可塑性」という概念である。カナダの心理学者ドナルド・ヘブが1949年に提唱した「共に発火するニューロンは、互いに結合する」という仮説は、その後の脳科学研究の礎となった1。このヘブの法則が意味するのは、ニューロン間の情報伝達が繰り返されることで、その接合部であるシナプスの伝達効率が向上し、特定の神経回路が強化されるということである。
この仮説を実験的に証明したのが、1973年に発見されたLTP(Long-Term Potentiation: 長期増強)現象である2。これは、シナプスを人工的に高頻度で刺激すると、その後のシナプス伝達の効率が数時間から数週間にわたって増強される現象を指す。本書はこのLTPこそが記憶の分子的実体であると喝破する。つまり、私たちが何かを学び、記憶するとき、脳内では特定のシナプス結合が物理的に強化され、情報が「痕跡」として刻み込まれるのである。記憶はもはや観念的な存在ではなく、私たちの脳を構成する物質的な変化そのものであることが、ここに示されたのだ。
では、その物理的な痕跡は、脳のどこで、どのようにして作られるのだろうか。ここで中心的な役割を果たすのが、脳の深部に位置する「海馬」という小さな器官である。海馬の重要性は、20世紀で最も有名な神経科学の症例である患者H.M.の研究によって不動のものとなった3。てんかん治療のために海馬を含む側頭葉の内側部を切除されたH.M.は、手術以降、新しい出来事や知識を記憶する能力(陳述記憶)を完全に失ってしまった。彼は過去の記憶は保持しているものの、新しい記憶を長期的に留めておくことができなくなったのである。
しかし、驚くべきことに、H.M.は新しい運動技能(例えば、鏡を見ながら図形をなぞる作業)を学習し、それを記憶することは可能であった。これは、自転車の乗り方や楽器の演奏といった技能や習慣に関する「非陳述記憶」が、陳述記憶とは異なる神経回路によって支えられていることを示唆する。本書によれば、海馬はあくまで新しい陳述記憶を一時的に保持し、それを大脳皮質の広範な領域に転送して長期記憶として固定するための「司令塔」として機能する。記憶は単一のシステムではなく、それぞれ異なる役割を持つ複数のシステムの複合体として理解されなければならないのである。
一度大脳皮質に固定化された長期記憶は、安定し、永続的なものだと考えられてきた。しかし、本書は2000年前後に提唱された「記憶の再固定化(Reconsolidation)」という革命的な理論を紹介し、この常識に揺さぶりをかける4。この理論によれば、私たちが過去の出来事を思い出す(想起する)たびに、その記憶は一時的に不安定な状態へと移行し、再び安定化するためには「再固定化」と呼ばれるプロセスを経る必要があるという。
この再固定化の過程こそが、記憶の動的な性質を象徴している。なぜなら、不安定化した記憶は、その再固定化が阻害されれば消去される可能性があり、また、新しい情報と統合されることで内容が変容する可能性すらあるからだ。例えば、トラウマ記憶の治療において、記憶を想起させた直後に特定の薬物を投与することで、その記憶に伴う恐怖反応を弱める研究が進められている5。これは、記憶が金庫に保管された不変の記録ではなく、想起のたびに更新され、書き換えられる可能性を持つ、生きたプロセスであることを示している。私たちの過去は、現在の視点から絶えず再解釈され、再構築され続けているのかもしれない。
本書が刊行された2001年以降、記憶研究はLTPや再固定化といった概念を基盤に、さらなる飛躍を遂げた。その最前線にあるのが、記憶の物理的実体そのものである「エングラム(記憶痕跡)」を直接的に捉え、操作しようとする研究分野である。特に、利根川進らの研究グループが用いた光遺伝学(オプトジェネティクス)の技術は、この分野に革命をもたらした6。彼らは、特定の記憶が形成される際に活動したニューロン群(エングラム細胞)を標識し、後に光を当てることで、そのニューロン群だけを人為的に活動させることができるようにしたのである。
この技術を用いることで、マウスの脳内で特定の恐怖記憶に対応するエングラム細胞を活性化させ、その記憶を強制的に思い出させたり、逆に活動を抑制して記憶を封じ込めたりすることが可能になった。さらに驚くべきことに、ある文脈で形成された恐怖記憶のエングラム細胞を、全く別の安全な文脈で活性化させることで、記憶の感情価を「恐怖」から「安全」へと書き換えることにも成功している7。これらの研究は、本書で示された「記憶の物理性」と「可変性」を、より直接的かつ衝撃的な形で証明するものだ。記憶はもはや単なる脳の機能ではなく、操作可能な情報単位として扱われる時代が到来しつつあるのかもしれない。
我々は再び、最初の問いに立ち返る。「記憶は鍛えられるのか?」と。本書『記憶力を強くする』と、その後の脳科学の進展が示す答えは、単純な「イエス」でも「ノー」でもないだろう。記憶は、LTPというメカニズムを通じて物理的に強化されうる一方で、再固定化やエングラム操作の研究が示すように、驚くほど柔軟で可変的な性質も併せ持つ。それは、単純な筋力トレーニングのように一方的に「鍛える」対象というより、その動的で移ろいやすい性質を理解し、うまく付き合っていくべきパートナーのような存在なのかもしれない。
エングラム研究が切り拓く未来は、アルツハイマー病による記憶喪失の回復や、PTSDの治療に光明を投じる一方で、倫理的な問いも投げかける。記憶を自由に消去し、あるいは書き換えることが可能になったとき、「私」という存在の連続性やアイデンティティはどこに担保されるのだろうか。過去は、都合よく編集してよいものなのだろうか。記憶の正体を探る科学の旅は、最終的に「人間とは何か」という根源的な問いへと我々を導く。その答えは、まだ誰にもわからない。