Ⅳ-02Ⅳ|免疫

免疫学の知は、どのように紡がれてきたのか

― ダニエル・M・デイヴィス『美しき免疫の力』を読む ―

読了 約4分
美しき免疫の力 表紙
取り上げた書籍『美しき免疫の力』ダニエル・M・デイヴィス

自然免疫の再発見、樹状細胞の発見、免疫チェックポイント阻害薬の誕生――免疫学の歴史は、良質な問いを立て続けた科学者たちの知の連鎖の物語である。

Ⅳ-01で多田富雄は「免疫とは何か」を問うた。

では、その問いに答えようとした科学者たちは、どのような道を歩んできたのか。

デイヴィスは、免疫学の発見史を「知の連鎖」として描き出す。

書誌情報

著者:ダニエル・M・デイヴィス(Daniel M. Davis)

原題:The Beautiful Cure: The Revolution in Immunology and What It Means for Your Health

邦題:『美しき免疫の力―人体の動的ネットワークを解き明かす』

出版社:NHK出版

初版:2018年(邦訳も同年)

📚 この本はクリニックの棚に置いてあります。

Ⅰ|著者の立場

著者のダニエル・M・デイヴィスは、英国マンチェスター大学の免疫学教授であり、免疫細胞生物学を専門とする現役の研究者である。科学雑誌『Nature』などに多数の論文を発表しており、免疫学の最前線に身を置く立場から、その発見の歴史と未来を一般読者に向けて解説することを本書の目的としている。

Ⅱ|主張の骨格

本書の中心的な主張は、免疫学の進歩が、個々の天才による単独の発見ではなく、多くの研究者による粘り強い探究、時には偶然や失敗、そして熾烈な競争の中から生まれた「知の連鎖」の産物であるということだ。

本書は、免疫学の歴史における三つの重要なブレークスルーを軸に構成されている。

第一に、自然免疫の再発見。ジュール・ホフマンによるショウジョウバエのToll受容体の研究¹は、自然免疫が病原体を「パターン」で認識する精緻なシステムであることを明らかにし、免疫学の常識を書き換えた。

第二に、樹状細胞の発見。ラルフ・スタインマンが発見した樹状細胞は、当初その存在すら疑われたが、獲得免疫を始動させる司令塔としての役割が解明された²。

第三に、免疫チェックポイント阻害薬の発見。本庶佑らが発見したPD-1などの免疫チェックポイント分子は、免疫応答にブレーキをかける役割を担う³。このブレーキを外すことで、がん治療に革命をもたらした。

Ⅲ|科学的背景

本書が描く免疫学の発展は、パラダイムの転換の連続であった。20世紀前半、免疫学は抗体と獲得免疫を中心に発展した。しかし1990年代以降、自然免疫の再評価が進み、Toll様受容体(TLR)の発見¹によって、自然免疫が獲得免疫を起動する「最初のスイッチ」であることが明らかになった。

Ⅳ|科学的補強

スタインマンによる樹状細胞の発見は、1973年の『Journal of Experimental Medicine』誌に端を発する²。当初、その独自性は多くの研究者から疑問視されたが、T細胞を活性化する強力な抗原提示細胞であることが証明され、免疫学におけるセントラルドグマを書き換えるに至った。

自然免疫の再発見については、ホフマンらの1996年の論文¹が画期的であった。この発見を受けて、ブルース・ビュートラーがマウスにおけるToll様受容体4(TLR4)がリポ多糖(LPS)の受容体であることを同定し⁴、哺乳類における自然免疫の分子メカニズムが解明された。

免疫チェックポイント阻害薬の開発は、CTLA-4やPD-1といった分子の発見に基づいている³⁵。これらの治療法は、一部の患者には劇的な効果をもたらす一方で、自己免疫疾患様の副作用など、新たな課題も提示している。

◉ 発展章|思索の拡張

※ ここからは本書の直接的な内容ではなく、本書を起点とした図書館独自の思索である。

他棚との接続

免疫老化(immunosenescence)はⅠ棚(老化)のテーマと直結する。GoronzyとWeyandのレビュー⁶が詳述する通り、加齢に伴う胸腺の萎縮とナイーブT細胞の減少は老化の免疫学的基盤を構成している。腸内細菌叢を介した免疫と代謝の相互作用は、Ⅲ棚(代謝)で扱った問題と交差する。

哲学的含意

免疫チェックポイントの発見は、免疫系が単に外部の敵を攻撃するだけでなく、自己への過剰な攻撃を抑制する精緻な制御システムを持つことを明らかにした。「自己」が静的で明確な実体ではなく、常に変動し、文脈に応じて再定義される動的なプロセスであることを示唆している。

臨床への問い

免疫チェックポイント阻害薬の恩恵を受けられる患者はまだ一部に限られており、効果を予測するバイオマーカーの探索や、耐性メカニズムの解明が急務となっている。免疫という「美しき力」を、いかにして全ての患者のために制御し、活用していくのか。

結び

免疫学の歴史は、「良質な問いを立て続けた科学者たち」の物語である。

優れた研究を行うためには、たった一つ、何よりも重要なことがある。それは重要な問いを立てることだ。

Ⅳ-01で多田が立てた「自己とは何か」という問い。その問いに応えようとした科学者たちの知の連鎖を、デイヴィスは描き出した。次は、その知が臨床の現場でどう試されるかを見る。

参考文献

  1. 1.Lemaitre B, Nicolas E, Michaut L, Reichhart JM, Hoffmann JA. The dorsoventral regulatory gene cassette spätzle/Toll/cactus controls the potent antifungal response in Drosophila adults. Cell. 1996;86(6):973-983.
  2. 2.Steinman RM, Cohn ZA. Identification of a novel cell type in peripheral lymphoid organs of mice. J Exp Med. 1973;137(5):1142-1162.
  3. 3.Ishida Y, Agata Y, Shibahara K, Honjo T. Induced expression of PD-1, a novel member of the immunoglobulin gene superfamily, upon programmed cell death. EMBO J. 1992;11(11):3887-3895.
  4. 4.Poltorak A, He X, Smirnova I, et al. Defective LPS signaling in C3H/HeJ and C57BL/10ScCr mice: mutations in Tlr4 gene. Science. 1998;282(5396):2085-2088.
  5. 5.Leach DR, Krummel MF, Allison JP. Enhancement of antitumor immunity by CTLA-4 blockade. Science. 1996;271(5256):1734-1736.
  6. 6.Goronzy JJ, Weyand CM. Mechanisms underlying T cell ageing. Nat Rev Immunol. 2019;19(9):573-583.