Ⅲ-02Ⅲ|代謝

インスリンは敵か、設計か

― Jason Fung『トロント最高の医師が教える 世界最新の太らないカラダ』を読む ―

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トロント最高の医師が教える 世界最新の太らないカラダ 表紙
取り上げた書籍『トロント最高の医師が教える 世界最新の太らないカラダ』Jason Fung

カロリー収支モデルへの疑義、インスリン抵抗性の悪循環、間欠的断食の処方箋――炭水化物-インスリンモデルの科学的位置づけを検証する。

Ⅲ-01でLongoは「飢餓が修復を起動する」と語った。では、食べないことのもう一つの意味は何か。

肥満はカロリーの過剰摂取ではなく、ホルモンの疾患である。

著:Jason Fung|原題:The Obesity Code: Unlocking the Secrets of Weight Loss|邦題:『トロント最高の医師が教える 世界最新の太らないカラダ』|出版社:サンマーク出版|邦訳初版:2019年

Ⅰ|本書の立場:肥満はカロリーの問題ではない

Fungの出発点は、医学における最も根深い前提への疑義である。「摂取カロリー > 消費カロリー → 太る」という古典的エネルギー収支モデルは、一見自明に見える。しかしFungは、この等式が因果を説明していないと指摘する。なぜ摂取が増えるのか、なぜ消費が減るのか――その背後にあるホルモン調節を問わなければ、肥満の本質には到達しない1

彼が主役に据えるのはインスリンである。インスリンは血糖を細胞に取り込ませるだけでなく、脂肪の合成を促進し、脂肪の分解を抑制する。つまり、インスリンが高い状態が続く限り、身体は脂肪を蓄積し続ける。

Ⅱ|インスリン抵抗性の悪循環

Fungが描く肥満のメカニズムは、単純な一方向ではない。高インスリン血症が持続すると、細胞はインスリンへの感受性を失う。これがインスリン抵抗性である。膵臓は感受性の低下を補うためにさらにインスリンを分泌する。結果として、インスリン濃度はさらに上昇する2

インスリンが高いから太る。太るからインスリンが高くなる。これは悪循環である。

この正のフィードバックループこそが、肥満が「意志の弱さ」では説明できない理由だとFungは主張する。カロリー制限は一時的にインスリンを下げるが、身体は基礎代謝を低下させて適応する。リバウンドが起こるのは、インスリン抵抗性という根本が解消されていないからである。

Ⅲ|何がインスリンを上げるのか

Fungは、インスリンを上昇させる主要因として以下を挙げる。

第一に、精製炭水化物と糖質である。白米、白パン、砂糖は急速に血糖を上昇させ、インスリンの大量分泌を誘発する。特に果糖(フルクトース)は肝臓で直接代謝され、インスリン抵抗性を悪化させる経路を持つ1

第二に、食事の頻度である。「1日6回の少量食事」という助言は、インスリンを一日中高く維持する結果になる。食事のたびにインスリンは分泌される。食べない時間がなければ、インスリンが下がる時間もない。

第三に、加工食品である。加工食品は精製炭水化物と添加糖を多く含むだけでなく、食物繊維が除去されているため、血糖上昇を緩衝する仕組みが失われている。

Ⅳ|断食という処方箋

Fungの治療戦略の核心は間欠的断食(Intermittent Fasting)である。食べない時間を設けることで、インスリン濃度を確実に低下させる。24時間断食、36時間断食、あるいは16:8(16時間断食・8時間食事窓)など、複数のプロトコルを提示する1

断食中、身体はグリコーゲンを消費した後、脂肪酸をエネルギー源として動員する。インスリンが低い状態でのみ、脂肪分解は進行する。つまり断食は、カロリー制限とは異なるメカニズムで作用する。

Ⅲ-01で取り上げたLongoの断食模倣食(FMD)が「代謝モードの再設定」を目指すのに対し、Fungの間欠的断食は「インスリン抵抗性の解除」を直接の標的とする。アプローチは異なるが、「食べない時間が代謝を変える」という認識は共通している。

◉ 発展章|炭水化物-インスリンモデルの科学的位置づけ

※ここからは本書の直接内容を超えた科学的検証である。

Fungの主張は、学術的には炭水化物-インスリンモデル(Carbohydrate-Insulin Model: CIM)と呼ばれる仮説に基づいている。David Ludwigらが体系化したこのモデルは、従来のエネルギー収支モデル(Energy Balance Model: EBM)に対する代替仮説として提示されている3

CIMの主張は明快である。高GI食が高インスリン血症を引き起こし、脂肪蓄積を促進し、それが過食を駆動する。因果の方向が従来モデルとは逆転する。

しかし、このモデルには批判もある。Flier(2023)は、CIMとEBMの対立を「偽の二項対立」と指摘し、両モデルは相互排他的ではなく、肥満の異なる側面を捉えていると論じた4

Mehran et al.(2012)は、遺伝的にインスリン分泌を減少させたマウスが高脂肪食下でも肥満を発症しにくいことを示し、高インスリン血症が肥満の原因となり得るという動物実験レベルのエビデンスを提供した5。一方で、ヒトにおける長期的なエビデンスは限定的であり、間欠的断食がカロリー制限を超える優位性を持つかどうかは、メタアナリシスでも一貫した結論に至っていない7

Fungの功績は、臨床医として「インスリン」という単一の軸で肥満を再構成し、患者が実行可能な介入(断食)に接続した点にある。

結び

Ⅲ-01でLongoは「飢餓が修復を起動する」と語った。Ⅲ-02でFungは「食べない時間がインスリンを下げる」と語る。

両者の視点は異なるが、到達点は重なる。代謝は、食べたものだけでは決まらない。食べない時間が、代謝の方向を変える。

インスリンは敵ではない。それは進化が設計したエネルギー管理の仕組みである。しかし、その仕組みが想定していなかった環境に私たちは生きている。

参考文献

  1. 1.Fung J. The Obesity Code. Greystone Books. 2016.
  2. 2.Kahn BB, Flier JS. Obesity and insulin resistance. J Clin Invest. 2000.
  3. 3.Ludwig DS, et al. Competing paradigms of obesity pathogenesis. Eur J Clin Nutr. 2022.
  4. 4.Flier JS. Moderating the great debate. Cell Metab. 2023.
  5. 5.Mehran AE, et al. Hyperinsulinemia drives diet-induced obesity. Cell Metab. 2012.
  6. 6.Templeman NM, et al. A causal role for hyperinsulinemia in obesity. J Endocrinol. 2017.
  7. 7.Intermittent fasting for obesity and related disorders. Nutrients. 2023.