Ⅲ-01Ⅲ|代謝

飢餓が修復を起動する

― Valter Longo『長生きできる食べ方』を読む ―

読了 約4分
長生きできる食べ方 表紙
取り上げた書籍『長生きできる食べ方』Valter Longo

mTOR・IGF-1の成長シグナル抑制、断食模倣食(FMD)によるオートファジー活性化と幹細胞再生、ロンゲビティ・ダイエットの5本柱――Longoの栄養×老化研究を科学的に検証する。

代謝棚の最初の問いはこうである。食べないことは、身体にとって何を意味するのか。

長寿は遺伝だけでは決まらない。何を食べ、何を食べないかが、細胞の老化速度を変える。

著:Valter Longo|原題:The Longevity Diet|邦題:『長生きできる食べ方』|出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン|邦訳初版:2020年

Ⅰ|本書の立場:長寿は食事で設計できる

Longoの出発点は、老化研究と栄養学の交差点にある。彼はUSC(南カリフォルニア大学)長寿研究所の所長であり、酵母からマウス、そしてヒトへと一貫して「栄養と老化」の関係を研究してきた。本書は、その数十年の研究を一般読者向けに統合したものである1

Longoの主張の核心は、成長シグナルの抑制が長寿をもたらすという点にある。食事の内容と頻度が、細胞内のシグナル経路を通じて老化の速度を調節する。

Ⅱ|mTORとIGF-1:成長と老化のトレードオフ

本書で繰り返し登場するのが、mTOR(mechanistic target of rapamycin)IGF-1(インスリン様成長因子1)である。

mTORは細胞の成長・増殖を促進するシグナル経路である。栄養が豊富なとき、特にアミノ酸(タンパク質)が十分にあるとき、mTORは活性化される。これは成長期には必要な機能だが、成人以降は過剰な活性化が細胞の損傷蓄積と老化を加速する1

IGF-1も同様に、成長を促進するホルモンである。Longoの研究グループは、IGF-1受容体の変異を持つ人々が加齢関連疾患のリスクが低いことを報告している2

成長を促すシグナルは、若い時には味方だが、年を取ると敵になる。

これが「成長と老化のトレードオフ」である。Longoは、タンパク質摂取を適度に制限することで、mTORとIGF-1を抑制し、老化を遅延させることを提案する。

Ⅲ|断食模倣食(FMD)という発明

Longoの最も独創的な貢献は、断食模倣食(Fasting-Mimicking Diet: FMD)の開発である。完全な断食は効果的だが、実行困難であり、医学的リスクも伴う。FMDは、5日間にわたって低カロリー・低タンパク質・高脂質の特定の食事を摂ることで、身体に「断食している」と認識させるプログラムである1

FMDの期間中、以下の変化が起こるとされる。

第一に、オートファジーの活性化である。細胞内の損傷した構成要素が分解・再利用される。大隅良典が2016年にノーベル賞を受賞したこの機構は、細胞の品質管理に不可欠である3

第二に、幹細胞の活性化である。FMD後の再栄養摂取時に、幹細胞が活性化され、組織の再生が促進されるとLongoは報告している4

第三に、代謝マーカーの改善である。血糖値、IGF-1、CRP(炎症マーカー)の低下が臨床試験で観察されている5

Ⅳ|ロンゲビティ・ダイエットの5本柱

FMDは月に1回(または数ヶ月に1回)の介入である。日常の食事については、Longoはロンゲビティ・ダイエットとして以下の原則を提示する1

第一に、ペスコ・ベジタリアンである。魚介類を含む植物中心の食事。赤肉と加工肉を避ける。

第二に、タンパク質の適正量である。65歳未満では体重1kgあたり0.7〜0.8gに制限する。65歳以上では筋肉量維持のためにやや増やす。

第三に、良質な脂質である。オリーブオイル、ナッツ、魚の脂肪を中心とする。

第四に、複合炭水化物である。全粒穀物、豆類、野菜を主体とし、精製糖を避ける。

第五に、12時間以内の食事窓である。1日の食事を12時間以内に収め、残りの12時間は食べない。

◉ 発展章|FMDのエビデンスはどこまで確立されているか

※ここからは本書の直接内容を超えた科学的検証である。

FMDの臨床試験(Wei et al., 2017)は、100名の参加者を対象としたランダム化比較試験であり、3サイクルのFMD後にBMI、血圧、IGF-1、CRPの改善を報告した5。これは重要な成果だが、サンプルサイズは小さく、長期追跡データは限定的である。

また、Longoが強調する「幹細胞の活性化」については、マウスモデルでの報告が中心であり4、ヒトにおける直接的な証拠はまだ十分ではない。

タンパク質制限についても議論がある。Levine et al.(2014)は、65歳未満での高タンパク質摂取がIGF-1を介してがん死亡率を増加させる可能性を報告した6。しかし、65歳以上では逆に高タンパク質が保護的であるという結果も示されており、年齢による使い分けが必要である。

Longoの功績は、「食べないこと」を科学的介入として体系化し、臨床試験で検証可能な形にした点にある。FMDは完全に確立された療法ではないが、栄養と老化の関係を分子レベルで理解するための重要な枠組みを提供している。

結び

食べないことは、身体にとって何を意味するのか。

Longoの答えは明快である。飢餓は脅威であると同時に、修復の起動信号である。mTORが沈黙し、オートファジーが起動し、幹細胞が目覚める。

しかし、この答えはまだ完成していない。エビデンスは蓄積途上にあり、個人差の問題も残る。

代謝棚の問いは、ここから始まる。

参考文献

  1. 1.Longo VD. The Longevity Diet. Avery. 2018.
  2. 2.Guevara-Aguirre J, et al. Growth hormone receptor deficiency. Sci Transl Med. 2011.
  3. 3.Ohsumi Y. Historical landmarks of autophagy research. Cell Res. 2014.
  4. 4.Cheng CW, et al. Prolonged fasting reduces IGF-1/PKA. Cell Stem Cell. 2014.
  5. 5.Wei M, et al. Fasting-mimicking diet and markers for aging. Sci Transl Med. 2017.
  6. 6.Levine ME, et al. Low protein intake and IGF-1. Cell Metab. 2014.
  7. 7.Longo VD, Mattson MP. Fasting: molecular mechanisms. Cell Metab. 2014.