― 新しい疼痛の科学 ―
痛みは身体の損傷を知らせる単純な信号ではない――モンティ・ライマンは脳神経科学と認知心理学の最新知見から、デカルト以来の古い痛み観を覆し、生物・心理・社会モデルによる新しい疼痛観を提示する。
痛みとは何か。身体の損傷を知らせる警報か。それとも、脳が構成する多層的な体験か。
モンティ・ライマンは、痛みが人間のあらゆる側面――脳、情動、社会、文化――とつながることを、最新の科学で解き明かす。
著者:モンティ・ライマン(Monty Lyman)
原題:The Painful Truth: The New Science of Why We Hurt and How We Can Heal
翻訳:塩﨑香織
出版社:みすず書房
初版:2024年
ISBN:978-4622097389
17世紀、デカルトは痛みを「紐を引っ張ると鐘が鳴る」ような機械的メカニズムで説明した。組織が損傷を受けると、信号が神経を通じて脳に届き、痛みとして知覚される。この「痛みの経路」モデルは400年近く医学を支配してきた1。
ライマンはこのモデルの限界を、無痛症(CIP)と幻肢痛という二つの極端な例から示す。無痛症の患者は組織損傷があっても痛みを感じない。幻肢痛の患者は失われた手足に激しい痛みを感じる。痛みは組織損傷と一対一で対応しない。痛みは脳が「構成」する体験なのである2。
ライマンが提示する新しい疼痛観の核心は、生物・心理・社会モデル(biopsychosocial model)である。痛みは生物学的要因(神経伝達、炎症)、心理的要因(不安、抑うつ、破局的思考)、社会的要因(孤立、貧困、差別)の三つが相互に影響し合うことで生まれる3。
特に注目すべきは、社会的痛みの研究である。社会的排除(仲間はずれ、失恋など)は、身体的痛みと同じ脳領域(前帯状皮質、島皮質)を活性化させる。「心が痛い」という比喩は、神経科学的には比喩ではなく事実なのである4。
ライマンはこの知見を、慢性痛の理解に接続する。社会的に孤立した患者の痛みが増強されるのは、「気のせい」ではなく、脳の情報処理の必然的帰結である。
本書の白眉は、プラセボ効果とノセボ効果に関する章である。
プラセボ鎮痛は「気のせい」ではない。偶薬を投与された患者の脳では、実際に内因性オピオイド(エンドルフィン)が放出され、痛みが軽減する。逆に、ノセボ効果では、「この治療は効かない」という期待が痛みを増強させる5。
ライマンはこれを、痛みが「予測」によって形作られることの証拠として論じる。脳は常に「次に何が起こるか」を予測しており、その予測が痛みの知覚を左右する。これは、Ⅵ-01で熊澤が論じた「痛みは脳がつくる」という命題を、予測符号化(predictive coding)の枠組みで発展させたものである。
ライマンは、痛みを「消す」のではなく「痛みとの関係を変える」ことを提案する。その中心にあるのが、知識の力である。
痛みのメカニズムを理解すること自体が、痛みを軽減する。これは「痛みの神経科学教育(Pain Neuroscience Education: PNE)」としてエビデンスが蓄積されている6。患者が「痛みは脳がつくる保護反応であり、必ずしも組織損傷を意味しない」と理解するだけで、疼痛強度と障害度が有意に改善する。
さらにライマンは、認知行動療法(CBT)、マインドフルネス、運動療法、そして社会的つながりの回復を、痛みの多角的アプローチとして提示する。これは、Ⅵ-01で熊澤が論じた多角的アプローチを、生物・心理・社会モデルの枠組みで統合したものと言える7。
モンティ・ライマンは、痛みを「人間のすべて」につなげた。
痛みは身体だけの問題ではない。脳、心、社会、文化――人間のあらゆる側面が、痛みの体験を形作っている。そのことを知ることが、痛みからの解放の第一歩である。
Ⅵ-01が痛みの脳科学を論じたのに対し、本書は痛みを人間存在の全体性の中に位置づけた。痛みを理解することは、人間を理解することである。