― シッダールタ・ムカジー『遺伝子 親密なる人類史』を読む ―

メンデルの豌豆からCRISPRまで――遺伝学150年の壮大な歴史を辿りながら、遺伝子が人間の『運命』を決めるという誘惑的な物語を科学的に問い直す。
遺伝子は私たちの運命を決めるのか。それとも、運命は遺伝子の外にあるのか。
がん研究者であり、ピューリッツァー賞作家でもあるシッダールタ・ムカジーは、自らの家系に潜む精神疾患の影を出発点に、遺伝学150年の歴史を一冊の大著に編み上げた。メンデルの修道院の庭から、ナチスの優生学、ワトソンとクリックの二重螺旋、ヒトゲノム計画、そしてCRISPRへ。本書は科学史であると同時に、遺伝子という概念が社会をどう変え、社会が遺伝子をどう利用してきたかの物語である。
遺伝子は運命ではない。しかし遺伝子は、運命の可能性の空間を定義する。
著:シッダールタ・ムカジー|原題:The Gene: An Intimate History|邦題:『遺伝子 親密なる人類史』(上下巻)|出版社:早川書房|訳:田中文|邦訳初版:2018年
ムカジーは遺伝学の起源を、1856年のブリュン(現ブルノ)の修道院に置く。グレゴール・メンデルは豌豆の交配実験から「遺伝の粒子性」を発見したが、その論文は35年間ほぼ無視された[1]。1900年にド・フリース、コレンス、チェルマクの三者が独立に再発見したとき、遺伝学は爆発的に展開し始める。
しかしムカジーが強調するのは、遺伝学が科学として確立する以前から、「遺伝」という概念が社会的・政治的に利用されてきた事実である。フランシス・ゴルトンは1883年に「優生学(eugenics)」という語を造り、「望ましい」形質を持つ人間の繁殖を奨励した。アメリカでは1907年から強制不妊手術法が各州で成立し、約6万人が手術を受けた[2]。ナチス・ドイツの「T4作戦」は、この思想の論理的帰結だった。
遺伝子という概念は、発見された瞬間から、人間を分類し序列化する道具として使われてきた。ムカジーはこの歴史を、現代の遺伝子編集技術を考える上で不可欠な前提として提示する。
1953年、ワトソンとクリックがDNAの二重螺旋構造を解明し、遺伝情報の物質的基盤が明らかになった。続く数十年で、分子生物学のセントラルドグマ(DNA→RNA→タンパク質)が確立され、遺伝子の「読み方」が解読されていく。
ムカジーは、1990年に始まったヒトゲノム計画を「遺伝学のアポロ計画」と位置づける。2003年に完了した全ゲノム配列の解読は、しかし予想外の結果をもたらした。ヒトの遺伝子数は約2万〜2万5千個で、線虫の約2万個とほぼ同じだったのである[3]。遺伝子の数だけでは、人間の複雑さは説明できない。
さらに驚くべきことに、ゲノムの約98%はタンパク質をコードしない「非コード領域」であり、かつて「ジャンクDNA」と呼ばれていた。しかし2012年のENCODEプロジェクトは、これらの領域の多くが遺伝子発現の調節に関与していることを示した[4]。遺伝子とは、単なる「設計図の部品」ではなく、複雑な調節ネットワークの一部なのである。
ムカジーが本書で最も力を込めて批判するのは、「遺伝子決定論」――すなわち、遺伝子が人間の形質や行動を一義的に決定するという考え方である。知能、性格、精神疾患、性的指向――あらゆる複雑な形質について「その遺伝子」を探す試みが繰り返されてきた。
しかし現代のゲノムワイド関連解析(GWAS)が明らかにしたのは、ほとんどの複雑形質が数百から数千の遺伝子変異の微小な効果の総和であるという事実だ[5]。統合失調症には100以上の遺伝子座が関与し、身長には数千の変異が寄与する。一つの遺伝子が一つの形質を決めるという単純なモデルは、メンデル遺伝病を除けばほとんど成り立たない。
さらに、同じ遺伝子型でも環境によって表現型は大きく変わる。一卵性双生児の研究は、遺伝的に同一であっても、がんの発症、寿命、性格特性に相当な差異が生じることを示している。遺伝子は「運命」ではなく「傾向」を定義する。そしてその傾向がどう発現するかは、環境、偶然、そして選択に依存する。ムカジーはこれを「浸透度(penetrance)」の問題として整理する。
本書の終盤で、ムカジーはCRISPRを含む遺伝子編集技術がもたらす未来を展望する。遺伝病の治療という「治療的介入」と、能力や外見の「強化的介入」の境界はどこにあるのか。鎌状赤血球症を治すことと、筋力を増強することの間に、明確な線を引けるのか。
ムカジーは自らの家系――祖父、叔父、従兄弟に繰り返し現れた統合失調症と双極性障害――を通じて、この問いを個人的なものとして引き受ける。もし出生前に「精神疾患のリスク遺伝子」を編集できるとしたら、それは「治療」なのか「排除」なのか。精神疾患と創造性の関連が示唆される中で[6]、「異常」を除去することは「正常」の幅を狭めることにならないか。
遺伝子を読む力は、遺伝子を書き換える力と不可分である。そして書き換える力を持つことは、何を書き換えるべきかという判断を迫られることを意味する。ムカジーは、その判断には科学だけでなく、歴史の教訓と倫理的想像力が不可欠だと主張する。
ムカジーは本書を、遺伝子という概念の「伝記」として書いた。それは科学的発見の歴史であると同時に、人間が自らの本質をどう理解しようとしてきたかの歴史でもある。
遺伝子は確かに私たちの身体と精神の基盤を形成する。しかしそれは、建築の基礎が建物の用途を決定しないのと同様に、私たちの「運命」を決定するものではない。遺伝子は可能性の空間を定義し、その空間の中で私たちは環境と経験と選択によって自らを形作る。
遺伝子を知ることは、自由を失うことではなく、自由の条件を理解することである。Ⅴ棚の第2章は、この理解から始まる。