― 澁谷真彦著『異次元の疲労回復力を手に入れる本』を読む ―

循環器内科医・澁谷真彦が、医学教育で軽視されてきた「栄養学」の視点から疲労・慷性疼痛・不定愁訴の根本原因に迫る。鉄・ビタミンB群・ビタミンD・亜鉛の補充が40兆の細胞を蘇らせる。
「なぜいつも疲れているのか」「十分に寝ても回復しない」「原因不明の体の痛みが続く」——こうした訴えを持つ患者が、循環器内科医・澁谷真彦の外来に次々と訪れた。精密検査をしても異常なし。しかし澁谷医師は気づいた。彼らに共通するのは、鉄・ビタミンB群・ビタミンD・亜鉛といった微量栄養素の不足だった。
現代医学は、血液検査で「基準値内」なら正常と判断する。しかし「基準値」は健康の最低ラインに過ぎず、最適値ではない。鉄フェリチンが12ng/mLでも「正常」とされるが、細胞が本来の力を発揮するには80〜150ng/mLが必要だ。
本書は、医学教育で軽視されてきた「栄養学」の視点から、慢性疲労・慢性疼痛・不定愁訴の根本原因に迫る一冊である。
著:澁谷真彦(循環器内科医)|出版社:さくら舎|ISBN: 9784865814682|2025年
本書が最も力を入れて論じるのが「鉄不足」である。日本の女性の約60%が潜在的な鉄欠乏状態にあると言われるが、多くは見逃されている。その理由は、血清ヘモグロビン値が正常でも、貯蔵鉄(フェリチン)が枯渇しているケースが多いからだ1。
フェリチンは、ミトコンドリアでのATP産生・甲状腺ホルモンの合成・神経伝達物質(セロトニン・ドーパミン)の合成に不可欠な補酵素として機能する。フェリチンが低下すると、細胞レベルでのエネルギー産生が低下し、慢性疲労・集中力低下・うつ症状・慢性疼痛の悪化が生じる。
鉄は「血液を作るもの」ではなく、「40兆個の細胞にエネルギーを供給するもの」である。フェリチン値を最適化することが、疲労回復の第一歩だ。
鉄と並んで本書が重視するのが、ビタミンB群・ビタミンD・亜鉛の三つである。ビタミンB群(特にB1・B2・B3・B6・B12・葉酸)は、ミトコンドリアのクエン酸回路と電子伝達系の補酵素として不可欠であり、不足するとATP産生が著しく低下する2。
ビタミンDは、免疫調節・筋力維持・神経保護に加え、慢性疼痛の抑制にも関与することが複数のRCTで示されている3。日本人の約80%がビタミンD不足(血中25(OH)D < 30 ng/mL)とされ、特に冬季・屋内勤務者・高齢者で顕著だ。亜鉛は、300以上の酵素の補因子として機能し、免疫・創傷治癒・神経伝達に関わる。不足すると味覚障害・免疫低下・性機能低下・うつが生じる。
本書の最も重要な臨床的示唆は、慢性疲労症候群(ME/CFS)・線維筋痛症・不定愁訴の根底に「ミトコンドリア機能不全」があるという仮説である。鉄・B群・D・亜鉛の不足が重なると、ミトコンドリアのATP産生効率が低下し、細胞は「エネルギー危機」に陥る4。
この状態では、筋肉・神経・免疫細胞のすべてが機能低下し、痛みの閾値が下がり、疲労感が増幅する。Dr.Painの視点から見ると、これは中枢感作(Central Sensitization)の栄養学的基盤とも解釈できる。ビタミンD補充が慢性腰痛・線維筋痛症の疼痛スコアを改善するという複数のRCTの結果は、この仮説を支持する。
現代の疼痛医学は、神経ブロック・薬物療法・認知行動療法を三本柱とするが、本書が提示する「栄養最適化」は第四の柱となりうる。慢性疼痛患者の多くが鉄・ビタミンD・マグネシウム不足を抱えていることは、複数の観察研究で示されている。
特に注目すべきは、マグネシウムがNMDA受容体のチャネルブロッカーとして機能し、中枢感作を抑制する可能性である。また、ビタミンB12は神経髄鞘の修復に不可欠であり、神経障害性疼痛の改善に寄与する可能性がある。栄養状態の評価と最適化を疼痛治療プロトコルに組み込むことは、今後の重要な研究課題と言えるだろう。
『異次元の疲労回復力を手に入れる本』は、「疲れは根性で克服するもの」という日本社会の誤った常識に、科学的なメスを入れる一冊だ。慢性疲労・慢性疼痛・不定愁訴に悩む患者に対して、まず栄養状態を評価することは、侵襲性がなく、コストも低く、副作用もほとんどない。
Dr.Painとして強調したいのは、「治らない痛み・疲れ」の背景に、見落とされた栄養不足が潜んでいる可能性があるということだ。フェリチン・25(OH)D・亜鉛・ビタミンB12を測定し、最適化することは、すべての慢性疼痛患者の治療プロトコルに組み込まれるべき基本的なアプローチである。