Ⅳ-03Ⅳ|免疫

免疫は、なぜ暴走し、いかに均衡を取り戻すのか

― マット・リヒテル『エレガントな免疫』を読む ―

読了 約4分
エレガントな免疫 表紙
取り上げた書籍『エレガントな免疫』マット・リヒテル

ホジキンリンパ腫、全身性エリテマトーデス、関節リウマチ、HIV――4人の患者の物語を通じて、免疫の「エレガンス」が攻撃力ではなく均衡にあることを描く。

Ⅳ-01で多田は免疫の「意味」を問い、Ⅳ-02でデイヴィスは発見の「歴史」を描いた。

では、その免疫が暴走するとき、何が起こるのか。

リヒテルは、4人の患者の物語を通じて、免疫の「均衡」を描き出す。

書誌情報

著者:マット・リヒテル(Matt Richtel)

原題:An Elegant Defense: The Extraordinary New Science of the Immune System: A Tale in Four Lives

邦題:『エレガントな免疫』(上・下)

出版社:ニュートンプレス(ニュートン新書)(監訳:河本宏)

初版:2019年(邦訳:2022年)

📚 この本はクリニックの棚に置いてあります。

Ⅰ|著者の立場

著者のマット・リヒテルは、ニューヨーク・タイムズ紙の科学・健康担当記者であり、ピューリッツァー賞を受賞している。長年の友人であるジェイソン・グリーンスタインがホジキンリンパ腫と闘う姿を目の当たりにしたことをきっかけに、免疫システムへの深い関心を抱いた。本書は、ジャーナリストとしての使命感と、友人の闘病に寄り添った個人的な動機が交差する地点で生まれた作品である。

Ⅱ|主張の骨格

本書の中心命題は、免疫システムの「エレガンス(優雅さ)」が、その攻撃性だけでなく、抑制と均衡を保つ能力にあるという点である。

本書は、4人の患者の物語を通じて展開する。

ジェイソン(ホジキンリンパ腫)――がん細胞が免疫の監視をすり抜けるメカニズムと、免疫チェックポイント阻害剤による治療の劇的な効果を描く。

メレディス(全身性エリテマトーデス)――自己の細胞を誤って攻撃してしまう自己免疫疾患の苦悩を通して、免疫寛容の破綻がもたらす悲劇を浮き彫りにする。

リンダ(関節リウマチ)――慢性的な炎症と、それを抑制するための生物学的製剤の役割を探る。

ボブ(HIV)――ウイルスが免疫システムそのものを標的にする巧妙な戦略と、それに対抗する医療の進歩を描く。

Ⅲ|科学的背景

本書が依拠するのは、20世紀後半から急速に進展した現代免疫学の知見である。特に重要なのが、自己と非自己を識別する「免疫寛容」のメカニズムと、T細胞の活性化を制御する「免疫チェックポイント」の発見である。胸腺でのT細胞の教育(中枢性寛容)や、制御性T細胞(Treg)による末梢での抑制(末梢性寛容)¹といった概念が、なぜ我々が自己を攻撃しないのかを説明する。また、CTLA-4やPD-1といった分子がT細胞の過剰な活性化にブレーキをかける役割を担っていることの発見²は、がん免疫療法に革命をもたらした。

Ⅳ|科学的補強

坂口志文らが1995年に報告したCD25陽性制御性T細胞(Treg)の発見¹は、免疫系が自己への攻撃を能動的に抑制するメカニズムを初めて明らかにした。Tregの機能不全は、全身性エリテマトーデスや関節リウマチなど、本書に登場する疾患の病態に深く関与している。

ジェイソンの物語で描かれる免疫チェックポイント阻害剤について、Sharmaらのレビュー³によれば、CTLA-4やPD-1を標的とすることで、がん細胞に対して抑制されていたT細胞の攻撃能力を再活性化させることが示されている。しかし同時に、自己免疫疾患様の副作用(irAEs)を伴うリスクがあり、本書が繰り返し強調する「バランスの重要性」を裏付けるものである。

ボブの物語に関連して、HIVがCD4陽性T細胞を標的にして免疫系そのものを破壊するメカニズムの解明⁴は、免疫系の脆弱性と同時にその精緻さを浮き彫りにした。

◉ 発展章|思索の拡張

※ ここからは本書の直接的な内容ではなく、本書を起点とした図書館独自の思索である。

他棚との接続

Ⅰ棚(老化)で探求される「免疫老化」は、加齢に伴う免疫機能の低下とバランスの変化が、感染症への脆弱性やがんの増加にどう関わるかという問いを投げかける。Ⅱ棚(脳)における近年の発見は、脳と免疫系がマイクログリアなどを介して密接に相互作用していることを明らかにしている。Ⅲ棚(代謝)との関連で言えば、肥満や生活習慣病に伴う慢性炎症が、免疫バランスを崩すことが知られている。

哲学的含意

がんは「変異した自己」であり、自己免疫疾患は「攻撃対象となった自己」である。免疫の視点から見ると、「自己」とは、他者との関係性の中で常に再定義され続ける動的なプロセスそのものであると言えるかもしれない。

臨床への問い

同じ疾患であっても、患者一人ひとりの免疫システムの状態は異なり、治療への反応も多様である。個々の患者の免疫プロファイルを詳細に分析し、免疫の「ブレーキ」と「アクセル」を最適に調整する、より個別化された治療戦略が求められる。

結び

免疫の「エレガンス」は、攻撃力にあるのではない。均衡にある。

免疫は「調和とバランスの物語」である。

4人の患者の物語は、その均衡が崩れたとき何が起こるかを、そして医療がその均衡をいかに取り戻そうとしているかを、鮮やかに描き出した。

参考文献

  1. 1.Sakaguchi S, Sakaguchi N, Asano M, Itoh M, Toda M. Immunologic self-tolerance maintained by activated T cells expressing IL-2 receptor alpha-chains (CD25). J Immunol. 1995;155(3):1151-1164.
  2. 2.Leach DR, Krummel MF, Allison JP. Enhancement of antitumor immunity by CTLA-4 blockade. Science. 1996;271(5256):1734-1736.
  3. 3.Sharma P, Goswami S, Raychaudhuri D, et al. Immune checkpoint therapy—current perspectives and future directions. Cell. 2023;186(8):1652-1669.
  4. 4.Douek DC, Roederer M, Koup RA. Emerging concepts in the immunopathogenesis of AIDS. Annu Rev Med. 2009;60:471-484.