― 青野由利『ゲノム編集の光と闇』を読む ―

科学記者が描くゲノム編集の全体像。農業・医療・生態系への応用から、規制の国際比較、そして『どこまで許されるのか』という根源的な問いまで。
Ⅴ棚の最終章は、遺伝子編集技術の「光と闇」を俯瞰する。
毎日新聞の科学記者として長年ゲノム編集を追ってきた青野由利は、CRISPRの発見から社会実装までの全体像を、日本の視点から描き出す。Ⅴ-01がCRISPRの発明者の視点だったのに対し、本書は技術を受け止める社会の側から書かれている。
ゲノム編集は、人類に与えられた最も強力な道具のひとつである。問題は、その道具をどう使うかのルールを、私たちがまだ持っていないことだ。
著:青野由利|『ゲノム編集の光と闘』|出版社:筑摩書房(ちくま新書)|初版:2019年
青野がまず取り上げるのは、医療ではなく農業分野でのゲノム編集である。2019年、日本の厚生労働省はゲノム編集食品の届出制度を開始した。外来遺伝子を挿入せず、標的遺伝子をノックアウトするだけの編集は「遺伝子組み換え」には該当しないとされ、安全性審査は不要とされた[1]。
筑波大学発ベンチャーのサナテックシードが開発した高GABAトマト「シシリアンルージュ ハイギャバ」は、2021年に日本初のゲノム編集食品として販売が開始された。GABA(γ-アミノ酪酸)の分解酵素をノックアウトすることで、通常の5倍のGABAを含むトマトである[2]。
青野が指摘する問題は、ゲノム編集食品と従来の品種改良の産物を科学的に区別する方法がないことだ。外来遺伝子が挿入されていないため、最終産物からゲノム編集の痕跡を検出することは原理的に困難である。届出制度は任意であり、届出なしに流通する可能性を排除できない。消費者の「知る権利」と技術的検出限界の間に、解決困難なギャップが存在する。
青野が最も危機感を持って描くのが、遺伝子ドライブの技術である。通常、ある遺伝子変異が次世代に伝わる確率は50%だが、遺伝子ドライブはCRISPRを利用してこの確率をほぼ100%に引き上げる。理論上、数世代で野生集団全体の遺伝子を書き換えることが可能になる[3]。
最も有望な応用は、マラリア対策である。年間約60万人の命を奪うマラリアを媒介するハマダラカに、不妊を引き起こす遺伝子ドライブを導入すれば、蚊の個体数を激減させることができる。Target Malaria プロジェクトは、ブルキナファソで遺伝子ドライブ蚊の限定的な放出実験を進めている[4]。
しかし青野は、生態系への不可逆的影響を懸念する。蚊は多くの生物の食物連鎖に組み込まれており、その絶滅が生態系全体にどのような波及効果をもたらすかは予測困難である。さらに、遺伝子ドライブは国境を越えて拡散する。一国の判断で放出された改変生物が、他国の生態系に影響を及ぼす可能性がある。国際的なガバナンスの枠組みは、まだ存在しない。
青野は科学記者としての強みを活かし、ゲノム編集規制の国際比較を詳細に行う。EUは2018年の欧州司法裁判所判決により、ゲノム編集作物をGMO(遺伝子組み換え生物)と同等に規制する立場をとった[5]。一方、アメリカはUSDAが2018年に「外来遺伝子を含まないゲノム編集作物は規制対象外」との方針を示した。
日本は米国に近い立場をとり、外来遺伝子の挿入を伴わないゲノム編集については届出制度のみで対応している。しかし青野は、この「緩い」規制が国民的議論を経ずに決定されたことを問題視する。
ヒト胚のゲノム編集については、日本は2019年に「基礎研究は容認するが、臨床応用は認めない」とするガイドラインを策定した。しかしこれは法的拘束力のない指針であり、罰則規定がない。青野は、技術の進歩に対して法整備が後手に回っている日本の状況に警鐘を鳴らす。
青野は本書の終盤で、ゲノム編集の「光」と「闇」を整理する。光の側には、遺伝病の治療(Ⅴ-01で見たCasgevy)、食糧問題の解決、感染症対策がある。闇の側には、生殖系列編集の倫理的問題(Ⅴ-01の賀建奎事件)、生態系への不可逆的介入、軍事利用の可能性がある。
しかし青野が最も懸念するのは、光と闇の「あいだ」にある灰色の領域だ。体細胞の遺伝子治療は「光」に分類されるが、治療費が数億円に達する場合、それは富裕層だけの「光」ではないか。ゲノム編集食品は食糧問題を解決しうるが、消費者が知らないうちに食卓に上る場合、それは「光」と言えるのか。
技術そのものに光も闇もない。光と闇を分けるのは、技術をどのような制度と価値観のもとで使うかという、社会の選択である。青野はそう結論づける。
Ⅴ棚「遺伝子」は、5冊の書籍を通じて一つの弧を描いた。
Ⅴ-01(ダウドナ)でCRISPRという技術の誕生を見た。Ⅴ-02(ムカジー)で遺伝学の歴史と遺伝子決定論の限界を学んだ。Ⅴ-03(仲野)でDNA配列の「外側」にあるエピジェネティクスの世界を知った。Ⅴ-04(河合)で遺伝子情報が個人の最も私的な領域に入り込む現実を見つめた。そして本章(青野)で、技術と社会の関係を俯瞰した。
遺伝子を読み、書き換える力を手にした人類は、その力をどう制御するのか。答えはまだない。しかし問いを持つことが、答えへの第一歩である。Ⅴ棚は、この問いを読者に手渡して閉じる。