― 河合蘭『出生前診断』を読む ―

NIPT(新型出生前診断)の普及は、妊婦と家族に何をもたらしたのか。出産ジャーナリストが現場から見つめた、遺伝子情報と生命の選別の境界線。
遺伝子を読む技術は、実験室を超えて産科の診察室に到達した。
2013年、日本でNIPT(Non-Invasive Prenatal Testing、無侵襲的出生前遺伝学的検査)が臨床研究として開始された。妊婦の血液中に含まれる胎児由来のcell-free DNAを解析し、ダウン症候群(21トリソミー)などの染色体異常を高い精度で検出する技術である。出産ジャーナリストの河合蘭は、この技術がもたらした光と影を、当事者への取材を通じて描き出す。
出生前診断は、知る権利と知らない権利のはざまにある。そして「知った後」の選択を、社会は個人に委ねたまま、十分な支援を用意していない。
著:河合蘭|『出生前診断 出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』|出版社:朝日新聞出版(朝日新書)|初版:2015年
出生前診断の歴史は、1960年代の羊水穿刺に遡る。羊水中の胎児細胞を培養して染色体を分析する方法だが、約0.3%の流産リスクを伴う侵襲的検査である。1980年代には絨毛検査が加わり、より早期の診断が可能になったが、やはり侵襲的であることに変わりはなかった[1]。
転機は1997年、香港中文大学のデニス・ローが妊婦の血漿中に胎児由来のcell-free DNA(cfDNA)が存在することを発見したことだった[2]。この発見を基盤に開発されたNIPTは、母体の採血だけで胎児の染色体異常を検出できる。感度は99%以上、特異度も99%を超える。河合はこの技術革新が、出生前診断のハードルを劇的に下げたと指摘する。
2022年、日本産科婦人科学会はNIPTの実施施設の認証制度を改定し、検査へのアクセスが拡大した。技術の進歩は、「検査を受けるかどうか」という選択を、ほぼすべての妊婦に突きつけることになった。
河合の取材力が最も発揮されるのは、検査を受けた当事者たちの声を丹念に拾い上げる場面である。NIPTで「陽性」と告げられた妊婦たちは、確定検査(羊水穿刺)を受けるかどうか、そして確定した場合に妊娠を継続するかどうかという、極めて困難な判断を迫られる。
河合が描く当事者たちの姿は多様だ。ダウン症の子どもを育てている家族の中には、「この子がいなければ見えなかった世界がある」と語る人がいる。一方で、中絶を選択した女性の中には、「正しい選択だったと思いたいが、一生考え続けるだろう」と語る人もいる。
河合が問題視するのは、遺伝カウンセリングの体制が検査の普及に追いついていない現実である。NIPTの結果を伝えるだけで、その後の意思決定を支援する専門家が不足している。陽性結果を受けた妊婦が、インターネットの断片的な情報だけを頼りに判断を迫られるケースが少なくない[3]。
出生前診断をめぐる最も根源的な問いは、「障害を理由とする選択的中絶は、生命の選別にあたるのか」である。河合はこの問いに安易な答えを出さない。
アイスランドではダウン症候群と診断された妊娠のほぼ100%が中絶に至っている[4]。デンマークでは約95%。日本でもNIPTで確定診断に至った場合の中絶率は約90%と報告されている。これらの数字は、出生前診断が事実上の「スクリーニング」として機能していることを示唆する。
障害者権利運動の立場からは、出生前診断による選択的中絶は「障害のある人の存在を否定するメッセージ」として批判される。一方、女性の自己決定権の観点からは、妊娠を継続するかどうかの判断は個人の権利に属するとされる。この二つの権利は、原理的に衝突しうる。
河合は、この対立を超えるために必要なのは、障害のある子どもを育てる家族への社会的支援の充実だと主張する。「産まない選択」が「産めない状況」に追い込まれた結果であってはならない。
本書の刊行後、技術はさらに進歩している。cfDNAの解析精度が向上し、染色体異常だけでなく、微小欠失症候群や単一遺伝子疾患の検出も可能になりつつある[5]。将来的には、胎児の全ゲノム配列を出生前に解読することも技術的には可能になるだろう。
そのとき、何が起こるか。ダウン症候群だけでなく、がんのリスク、知的能力の傾向、身体的特徴に関する遺伝情報が、出生前に利用可能になる。Ⅴ-02で見たムカジーの警告――遺伝子決定論の誘惑――が、最も先鋭的な形で現れる場面である。
「知ることができる」ことと「知るべきである」ことは同義ではない。河合の取材は、技術の進歩が倫理的問いを解消するのではなく、むしろ深化させることを示している。
河合は本書を、答えを提示するためではなく、問いを共有するために書いた。出生前診断は、遺伝子を「読む」技術が個人の最も私的な領域――生殖と家族形成――に入り込んだ最初の事例である。
Ⅴ-01でCRISPRの技術を、Ⅴ-02で遺伝子決定論の歴史を、Ⅴ-03でエピジェネティクスの複雑さを見てきた。本章が突きつけるのは、遺伝子情報を「知る」ことの重みと責任である。技術は選択肢を増やすが、選択の重さを軽くはしない。
出生前診断の問題は、遺伝子技術の問題であると同時に、社会の問題である。どのような子どもも歓迎される社会をつくることと、個人の選択の自由を守ることは、矛盾ではなく、同時に追求されるべき目標である。